天風哲学実践研究サイト 本文へジャンプ
【楽しい苦労?】


苦労なんか大嫌いだった。

ところが、最近、

「苦労も、ええもんやなあ」

と思えるようになってきた。


何故か?


苦労というものにも【楽しい苦労】というものが

あるように思えてきたからだ。


「苦労は買ってでもせよ」とか

「苦労をしないと1人前にならないよ」とか

よく人から聞かされた。


でも、


むかしの私は、

「そんなお説教くさ〜いことなんてイヤだな〜」

と思って毛嫌いしていた。





しかし


最近、

「なるほど、苦労もええことやな」と

思えるようになってきた。




どうしてだろう?



なぜなら

苦労をしている人は【人生の深み】を

知っているような気がする。


【人の痛みがわかる】人だ。

そして、

【味わい深い】人が多い。

苦労は【人間を鍛える】のに、いいものだ。




そうだ。


昔のわたしは苦労というものに

偏見を持っていたのかも知れない。


「できれば苦労なんかしたくないよな」と正直思っていた。


苦労など避けたいと思っていたのだ。


また、最近の風潮として

ラクしてとか、ワクワクすることだけでとか、瞬間的にとか、

トクをしたり、成功したりすることが

大いにモテはやされている。

それもエエなあと、昔の私も短絡的に思っていたこともある。




ところが、

ある文章によって

わたしが、とらわれていた苦労に対する考えが

根底からくつがえされた。


それは何か?




「憂きことのなおこの上につもれかし

    限りある身の ちから ためさん」


(憂き事よ、なおこの上に、つもれつもれ。

   俺は、決して、それに負けはしないぞ)


               (熊沢蕃山)






私はガーンと衝撃を受けた。

これは凄い!と思った。







普通のひとは、苦労や辛いことから、

できるだけ逃げよう、避けようとするのに、


【もっと来い、そして自分の可能性を試そう】とする。

こんな積極的な考え方があるのか!と思った。





さらに以下のような話がある。




熊沢蕃山は、
山の上の一寒村に貧しい暮らしをした百姓の家に生まれた。



しかし、

蕃山は学問を志し、自分の家の畑に出来た野菜を担いでは
村々や、町々も売って歩く傍ら、勉学にいそしんだ。




山二つ越した処へ、

日本の陽明学派の祖、中江藤樹が住んでいた。


当時、

蕃山は、身分が低く、

武士の講演する席上に入ることを

許されなかったため、


垣根の外でうずくまりながら、

中江藤樹の講義を聞いていた。




そのことを知った中江藤樹は、

「庭へ入れてやれ」と門弟に言った。



講義が終わった後で

「そんなに私の話が聞きたいか?」と

中江藤樹が蕃山に聞くと、



「ハイ、雨の日も、風の日も、

 こうして、先生のお話を聞くのが、

 私のなによりのつとめだと思って参っております」



そして

中江藤樹は、蕃山に

「どこに住んでいるか」と尋ねた。


「二つ山越した向こうでございます」と蕃山は答えた。



中江藤樹は、

講義を聞きたいというのなら、

自分のところの馬小屋があいているので、

蕃山の年老いた母と一緒に、そこに住まないかと提案した。





すると、



蕃山は涙を流しながら、こう答えた。



(私は、ここからの言葉が凄いと思う!)



「ご親切なお気持ちは、よーくわかります。


 けれども、私は、山二つ越えてここへ来るからこそ、

 辛抱甲斐があると思っております。



 お宅にご厄介になっては、大して疲れも感じないで、

 居ながらにして、お話を聞くなんてことは、

 勿体ないことでございます。



 やっぱり、いままでどおり、働いたあげくに、

 二つ山越えて、ここへまいり、お話を承る。



 これがもう、一番、私の気持の中に、励みが出ますので、

 どうぞ、こうさせて下さい」

と言ったという。





わたしは、この話を読んだとき、

瞼が熱くなった。



こういうのが、【本当の積極的】というのだなと。



そして、

これが冒頭に書いた


【楽しい苦労】というものだと思った。



苦労の中には、いくつかある。


特に

【取り越し苦労】の中にいくつかあるのだ。


記憶の範囲なので定かではないが、

【過去苦労】

【未来苦労】

がある。



「過去は及ばず未来知られず」だ。



いずれも、現時点では「実体のない虚像」なのだ。

上記の2つを総称して「取り越し苦労」という。



中村天風師は「取り越し苦労は厳禁」だという。



過去のことをクヨクヨ悩んでも

元には戻らない。


また

未来に起こりそうなことで、

今悩んでも、どうしようもないからだ。



それだったら

今できる最大限のことを現実的に行うことだ。

その方が安心できる。



【楽しい苦労】というのは、

何か『本当にやりたいこと』がある場合、

他人から見たら苦労なのだが、

それをやっている本人は苦労と思わない。


むしろ楽しく面白いものだ。


そして、本当の味わいとか喜びというのは

【自分の限界に挑戦したとき】の【苦労を越えた】ところにある。

そのとき、

【喜びはひとしお大きなもの】になる。


プロのスポーツ選手の体験談を聞く度、つくづく、そう思う。



ラクばかり考えての喜びは、たかが知れている。


薄っぺらなものだ。

一時的なものだ。

瞬間的な快楽だ。


ラクをして儲けたお金など、

気が大きくなって一瞬にして無くなってしまう。



だが、

本当に【苦労して稼いだお金は、大事にしようと思う】


私は、

表面的にワクワクすることだけを選ぶのも

ひとつの方法だとは思うが、



【真の喜び】を味わおうと思うとき、

苦労というものに、

【こちらから、取り組んでみる】時期があっても面白いと思う。



その場合、ひとつの前提条件がある。


おのれが心の底からの『本当にやりたいこと』かどうか?だ。



『本当にやりたいこと』に取り組んだとき、

【苦労は己を鍛えるための楽しいもの】となり、

【自己成長の原動力】となるからだ。



これからもわたしは


生半可なワクワクや、ラクな道を選ぶことより、

心の底からの燃える『本当にやりたいこと』に

挑み、苦労なんか跳ね返す。


さらに【苦労を楽しみに振り変える】


そんな強い心を持つ人間になれるよう

心を鍛えよう!



これからも私は


「よしっ、やるぞ!」




        れおなるど・てんぷう


e-Book『【与え好き】の法則』は
私の天風哲学の
実践体験記です。
構想より ほぼ半年かけ、
多くの方々にお役に立てればと
全434ページを毎日心を込めて
執筆しました。
ご希望の方は、
どなたにも無料プレゼントします。
こちらから今すぐに
ダウンロードできます。








当サイト管理人の姉妹サイトです。

よろしければ、こちらにも 遊びにきてください。