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むかしの私は、
【ハッピー】と【ラッキー】を同じような意味だと思っていたが、
実際には違うのだとわかった。
それは何故だろうか?
「ラッキー」ということばは【運】に左右される。
何かの「めぐり会わせ」で、
たまたま手に入れたものだ。
それに比べて
「ハッピー」は、
運・不運など状況のいかんにかかわらず、
【自分の考え方次第で】
「しあわせ」を味わうことができるのだ。
「本当の幸福とは、自分の心が感じている、 平安の状態を言うのだもの・・・。
いくら心身統一法を何十年やっても、
幸福は、向こうから飛び込んで来るのではない。
自分の心が、幸福を呼ばなければ、
幸福は来やしない。
だから、現在の生活の状態、境遇、環境、職業、
何もかも、一切の総てを、
心の底から、本当に満足し、感謝しているとしたら、
本当にその人は幸福なのである。」(天風瞑想録より)
天風先生は別のことばでも表現している。
【幸福とは主観の断定である!】と。
どんな状況や境遇にあろうと
本人が、
「こんな困難や試練を与えてくださって、
これを乗り越えることによって
わたしは成長できる。
ありがたい。なんという幸せだ!」
と思っているとすると、
本人は、いたって幸せなのだ。
反対に、
他人から見れば、経済的にも、物質的にも
地位や境遇などにも、恵まれているにもかかわらず、
いつも、 不平、不満、愚痴、文句ばかりタラタラ言っている人もいる。
従って 本人は、いっこうに幸福ではない。ハッピーではない。
この違いは何だろうか?
【人生は心一つの置きどころ】
同じ現象でも、
「受け取り方」や「解釈の仕方」で全く違った結果になる。
結局、
幸せになるのも不幸になるのも「自分次第」であり、
【自分の考え方次第】なのだ。
わたしの知人で、2人の女性がいた。
ひとりの方は、1度離婚をし、現在再婚しているが、
また別れようとしていた。
私が20代の頃、その人とつきあっていた。
当時、とても優しく感じの良い人だった。
さまざまな理由で、わたしたちは別れた。
その多くは当時の私に理由があった。
約20年ぶりに、再会した。
久しぶりに会った彼女は、ずいぶん変わっていた。
自分が不幸だと。
自分が不幸なのは、夫が悪い、
旦那の給料が安月給だからだとか、
姑が悪い、離婚した夫が悪い、
昔つきあっていた私が悪い、
自分の両親のトラウマのせいだ、
兄のせいだ、生まれた環境や育ち方のせいだ、
さらに
住んでいる方角や、環境や
自分以外の人のせいにしていた。
「変わったな」
と私は思った。
彼女は
自分が不幸な理由を見いだすため、
さまざまな精神世界や自己啓発などの
セミナーやプログラムに傾倒していた。
お金に困りながらも
自分を癒すために各地のヒーラーや
セラピストの方々を渡り歩いていた。
生まれた星の位置が自分の不幸の原因だとか、
あと数年で地球の次元が上昇し、
そのときに残るのは
選ばれた愛の人である自分であるとか、
自分に合った色彩のボトルの液体を
常に身につけておかないと不安だとか、
スピリチュアルな霊だとか、
体から金粉が出るだとか、
天使が見えるだとか、
そんなことばかり。
彼女は、
占いに凝ったり、
ヒーリングを受けたり
さまざまなツールや
ヒーリングストーンなどの
グッズ、プログラムなどを所有したり、
波動の良い場や
スポットに行ったり、
【外の世界に依存する】ことで
なんとか
心の不安を抑えているかのようだった。
彼女は、
ある精神世界で学んだ、
選民意識と優越感を持っていた。
だが、
いまの彼女の家庭や親子関係、
兄弟との関係、以前の夫との間にできた
実の子供との関係は断絶していた。
そして、
お金は底をついていた。
いつも
自分の都合だけを優先し、
人との約束をすっぽかしたり
人との約束を常に変更したり
時間に遅れたり
支払いをきちんとしなかったり
当たり前のことが守れなかった。
彼女は
現実の生活で充たされぬ「幸せ」を、
さまざまな癒しのツールや開運グッズ、
セミナーや多くのプログラムなどの世界に、
一時的に
避難することで、心の均衡を保っていた。
セミナーや書籍から得た知識は、
頭の中に、たくさん詰まっていたが、
日常生活には、ほとんど活用できていなかった。
現実世界で実行しないのだから
彼女が一番変えたい
現実が変わるはずはなかった。
「私が車を運転している時、赤だった信号が、
すぐに青に変わることがあるの。
私はツイテいる。
その他にも「ラッキー」なことが
よく起こるの」とよく言っていた。
【外部の】「ラッキー」なことや「ツイテいる」ことばかりを、
彼女は「無理やり」探したり、思い込もうとしているように
わたしには思えた。
海外のヒーラーの方から
大きな愛に包まれた話や、
チャクラが開発された話など、
さまざまな精神世界の話を彼女から聞いたが、
私には残念ながら、
彼女が心の底から
全然「幸せ」そうには
見えなかった。
癒しやヒーリングばかりに
お金と時間をかけている割には、
彼女の現実の状況や日常生活は
客観的に見て、
あまり好転していなかった。
彼女は
時間を守ることやお金の支払いなど
普通の人が当たり前にできていることが
まったく出来ていなかったので
どちらかというと
周りから迷惑がられ、
信用も全くなかった。
ところで、
私は、むかし、
ヨガのインストラクターをしていたので、
精神世界の話は、どちらかといえば好きなほうだが、
彼女を見て真剣に「幸せ」について考える機会を得た。
彼女は「幸せ」を、「自分の外に」ばかり
求めていた。
常に
自分以外の他者を非難したり蹴落とすことによって
優越感を得、幸せに近づこうとする。
自分は動かず、また、変わらずにいて、
いつか
環境や他人が変わることで「幸せ」が得られると
幻想を抱いていた。
彼女に、少しでも良くなってもらいたいと、
「幸せ」についての考え方や、
ここ20年くらいに自分が行ってきた体験、
経験、学んだ知識、情報を、とことん伝えた。
彼女が、
最も望んでいたが、
一番苦手だったことに、経済的自立があった。
それを得るための
具体的な方法を私は彼女に伝えた。
彼女が好きな分野で、収入が少しずつ
入るようになりつつあった。
少し精神的に不安定な所もあったが・・・
しばらく連絡がなかったので
順調に行っているのだろうと、
わたしは安心しかけていた。
私は、愛情が再燃し、
また昔、別れた責任感と同情から、
彼女が、きちんと離婚し、
独り身になった時、
将来、結婚も考えてもいいかなと、
思いかけていた矢先。
ところが、
病院からの電話があった。
身体の病ではなく、
精神の病のほうだった。
私は、生まれて始めて
山間の病院に見舞いに行った。
彼女は、そこにいた。
愕然とした。
薬の副作用で、
昔の彼女とは見る影もなく
ぶくぶくに太っていた。
目は虚ろで
どこを見ているのか焦点が定まっていない。
もう私が知っていた彼女ではなかった。
ただ、ぼんやりと私のことは分かっているようだった。
自分の許容量を超えた仕事や
人間関係のトラブルを抱え込んでしまい、
昔からの心の病が再発したという。
私はショックだった。
私が来たことを彼女はたいそう喜んでくれた。
私は一安心し、その場を立った。
数ヶ月後、彼女は退院した。
その後、
しばらくしてから久しぶりに彼女に会ったが、
またもや他人や過去や環境のせいにしている彼女に
戻っていた。
彼女のほうから、私といっしょになりたいと言ってきた。
私には、可哀想で何とかしてあげたいと情はすごくあったが、
常に自分の話ばかりし、私が何を考えているかを知ろうとしない
価値観や考え方の違う彼女との生活は現実的に難しいと思った。
私達は別れた。
もう会うことはないと思うが、
今でも私はその人の幸福を祈っている。
その後、
もう1人の女性と出会った。
その方は、最初は、さまざまなことを抱え、
今までの人生は、ツイテなかったと言っていた。
しかし、その彼女に「幸せ」についての考え方を
話すと、すごく素直に聞いてくれた。
彼女は、会う度に、ニコニコ笑顔が増えていた。
数年後、彼女は長年の夢と幸運をつかんだ。
私は2人の女性から学んだ。
ラッキーという偶然ばかりを【外に追い求めるのではなく】、
ハッピーにするように【自分の心構えを変えて幸福を掴む】ことを。
私は人から
「あなたはハッピーですか?
あるいはラッキーですか?」
と聞かれたら
迷わず
「【ハッピー】です!」
と答えるだろう。
どんなに悲惨で辛い状況の中からでも、
【幸福】は見いだせたり、味わうことができる。
そして
きっと、
天は、
常に、既に自分は【幸福】だ!
と思える人生を【実践している人】にのみ、
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